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最高裁判所第一小法廷 昭和50年(あ)445号 決定

本店の所在地

大阪市東成区大今里南三丁目二番七号

下村諸機株式会社

代表者代表取締役

下村清之佐

本籍

大阪市東成区南中本町一丁目一六八番地

住居

同 東成区大今里西一丁目九番一九号

会社役員

下村清之佐

明治三七年三月六日生

右の者らに対する法人税法違反各被告事件について、昭和五〇年一月二四日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

被告人らの弁護人岡田和義の上告趣意は、憲法三一条違反をいう点もあるが、その点を含め、実質は、すべて事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 団藤重光 裁判官 下田武三 裁判官 岸盛一 裁判官 岸上康夫)

昭和五〇年(あ)第四四五号

上告趣意書

被告人 下村諸機株式会社

右代表者代表取締役 下村清之佐

被告人 下村清之佐

右被告人等に対する法人税法違反被告事件について、別紙のとおり、上告趣意を提出します。

昭和五〇年四月一五日

弁護人 岡田和義

最高裁判所第一小法廷 御中

上告趣意

一、原判決は、その「理由」の「第一、事実誤認の控訴趣意について」の部分において、

「東栄鋼業(株)の仕入先が優鉄と記載されている分についての被告会社の買掛帳に記帳された鋼材仕入は、明らかに真実とかけ離れたものであって、架空仕入であると言わなければならない」

と認定している。

右認定を基礎として、

「従って、被告会社の買掛帳の記帳は、全面的に事実とかけ離れたものと言わざるを得ない」

と言い、さらに

「被告会社の買掛帳の記載自体が全面的に事実とかけ離れ真実を反映したものでない以上、代金の支払だけが真実となるいわれはない」

と断定している。

右の様な事実認定を前提として、原判決は、その「理由」の「第二、量刑不当の控訴趣意について」の部分において、

「被告人下村は、………極めて巧妙悪質な手段を用いて被告会社の所得金額を秘匿したものであり………」

としている。

このように、原判決は、「架空仕入」の事実から「帳簿の全面的虚偽」へ、さらに「被告人の巧妙悪質」へとすすめている。

二、一方、原判決は、その「理由」の「第一、事実誤認の控訴趣意について」の部分で、「前記各証拠、殊に、差戻後第九回公判調書中、被告人下村の供述記載によれば、被告会社の帳簿外に、実際には、被告会社は東栄鋼業(株)を経由して被告人下村個人所有の特殊鋼、一、四〇〇トンを買い入れ、その対価として合計九、五〇〇万円を支払ったこと………を認めることができる」

と認定している。さらに、続けて

「従って、被告会社が右特殊鋼の仕入に関し東栄鋼業(株)から仕入れたと記帳した合計一〇九、四八七、二五七円と、実際の仕入代金九、五〇〇万円との差額、一四、四八七、二五七円が、………架空仕入の金額となる」としている。

三、右、第一項記載の認定(会社の架空仕入)と、第二項記載の認定(会社の簿外仕入)とは、対応関係にあり右認定の方法は論理上は一貫しているように見える。

原判決の認定に依れば、結局、右に指摘する二種類の二個の事実が存在していることを認定している。

しかし、右の認定の仕方は、事実の存在を認識するに当り、観念上の存在又は論理上の存在と、客観的実在とを混同したものと言わなければならない。

原判決認定の「架空仕入」と「簿外仕入」とは、二個の事実ではなく、一個の事実の別名にすぎない。

実際の存在と、それを反映する鏡の中の像は、二個の像ではあるが、客観的な実在は一個である。鏡の種類、構造、その他の形状によって、実在の像と異って反映することがあるが、一個の像の存在であることに変りはない。

事実と帳簿への反映についても同様である。創作的な記載でない限り、帳簿の記載に事実との相違があったとしても、その記載されるに至った客観的事実は、架空の事実であるとは言えないのである。

本件について言えば、被告会社の帳簿へ記載された事実は架空ではなく、実在の事実が被告会社の帳簿へ正確に反映されなかったものと言うべきである。被告会社の帳簿に記帳されている事実に対応する事実が、現に存在している事実が、何よりの証拠である。原審はこの対応事実を、簿外の事実として、帳簿と切り離し、別個の事実として構成している。

原判決は、その前審たる一審判決を含めて、「架空の事実」について、誤った認定を行っている。

本件で、「架空仕入」とされている特殊鋼仕入れについては、

品名が、特殊鋼であること

仕入年度が、昭和三五年度及び三六年度であり

仕入高が、一、四〇〇トンであること

仕入先が、東栄鋼業(株)であること

等、

事実に関する輪郭と内容が特定されて被告会社の帳簿に記載されている。

問題は、金額の点である。しかし、金額が、実際と相違していても、金額については兎も角、右仕入れの事実そのものまで、「架空の仕入」と断定することはできない。若し、原判決の認定のように、「買掛帳の記載自体が全面的に事実とかけ離れて」いるとするならば、被告会社が、「東栄鋼業(株)から仕入れたと記帳した合計一〇九、四八七、二五七円」の全部について架空の事実であると認定することが道理に合致する。ところが原判決は、右金額から実際の簿内仕入代金との差額を数学的に算出したうえで、その計算値である差額分だけを架空仕入となし、その部分については右金額のみではなく、右記帳の前提となった仕入れの事実そのものまで架空と断じて、消滅させてしまっているのである。

以上の如き事実認定の方式は、裁判所の恣意による事実認定で、証拠によらない裁判であると言わざるを得ない。

四、原判決は、本件特殊鋼一、四〇〇屯を、下村個人から仕入れたものと認定しているが、これは、前記、架空仕入認定の無理を補完したものに過ぎない。

右認定は、被告会社の帳簿のうち、一、四〇〇トンの部分を架空と認定するための下地である。このことは、原判決の前審である第一審判決の「理由」の「(証拠説明)」の「二、両年度の架空鋼材仕入」の部分において、

「前記一、の特殊鋼一、四〇〇トンの仕入れを簿外と認定したことに応じて、架空仕入れを認定した」

とあり、簿外仕入れを認定した結果、架空仕入を認定したことを明示し、論理的辻棲を合せたことを明らかにしている。

原判決も、右第一審の思考方法をその儘踏襲して、前述のような計算方法を用いて、仕入額の一部分に相当する仕入の事実自体の存在を否定し、架空としている。

五、事実に関しての、以上の様な認定方法は、実体的真実を追求する刑事裁判には厳に排斥されなければならない。

憲法第三一条は、「何人も法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられない」と規定している。

本件の架空事実の認定は、採証の法則、事実認定の法則を無視した認定方法であって、法律の定める手続によった事実認定であると言うことはできない。

従って、原判決は、憲法第三一条に反しており、破棄せらるべきである。

六、また、以上の事実は、原審が採証の法則を誤った結果、ひいては架空仕入の事実、買掛帳の全面否定、を認定、それらの前提事実に基き、本件が被告人下村の巧妙悪質な手口によるものとして、不当に重い判決を科したものである。

右は、刑事訴訟法第四一一条第一項乃至第三項に該当し、原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると考える。

よって、原判決は破棄せらるべきである。 以上

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